ショートショート クルマのある風景 ①ディフェンダー

赤いのれんのかかった中華料理屋の前に
ランドローバーが止まった・・・・

私は時々、無性に中華が食べたくなる。
高級中国料理ではなく、いわゆる中華料理だ。

中国料理と中華料理の違いは
メニューに定食があるか否かだ。
セットではなく、定食があれば、中華料理屋だ。

今日もそんな気分に駆られて
一人で赤いのれんをくぐった。

はい、らっしゃい

おばちゃん、焼肉スペシャル定食

おばちゃんと言っても、もう、間違いなく後期高齢者だろう。

それと、生

すんません。生ビール、ありませんのや

じゃあ瓶ビール

大ビンでよろしいか?

大ビンでええよ。

あっ、おばちゃん、自分でとるからええよ

冷蔵庫からサッポロビールを取り出して
栓を開けてコップを持って席に着いた。

はい、お待ちどう様

おばちゃん、おおきに


19:07に注文して19:10にはもうすでに
熱々の焼肉スペシャル定食が目の前にある。

テーブルには大きめのタッパーに海苔ふりかけが入れておいてある。

存分にふりかけをかけて食べる。
家では血圧に悪いと言って、このテのものは止められているので
うれしい限りだ。

私はとにかく寒がりなので、
クルマに乗っても上着は脱がない。

外食では食事中もMA-1は着たままでいたい。

しかし、高級料理店では、入店時に必ずこの言葉だ
「お召し物をお預かりします」
「大きなお世話だ。飯の最中、ジャンパー(死語)を着ていたらあかんのか?」
と言いたい。(が言えない)

そして、この店はそんな無粋な言葉は浴びせられない。
なんだったら
マフラーもつけたままでもいいくらいの寒がりのおっさんだ。

なので当然
焼肉スペシャル定食を食べるときも
MA-1は着たままなのは、うれしい限りだ。

壁のビールの宣伝のポスターは故西田敏行さんだ。
レトロをねらったポスターではなく
当時のポスターがそのままなのだ。

この店だけ1980年代から時が止まっている。
新聞もおそらく昭和の元号だろうと思ったが
さすがに新聞は2024年12月26日だった。

ガラガラと戸が開いて、老夫婦が入ってきた。
この店では他の客にはめったに出くわさない。

内容を入力してください。

 

 

餃子、焼き飯、麻婆豆腐、あとビールちょうだい

ビールは何がよろしい?キリンとサッポロ

キリンビールをたのんます

 しばらくして

すんませんな、キリン、おまへんのや

なんでもええよ、わし、どうせビールの味わからんから

おっさんの言葉、暖かいな。
足を引きずってるばあちゃんをいたわっての言葉だな。
己の正義を必要以上に振りかざす現代、凍んちょっとした思いやりが心にしみる。

 

走行しているうちに、私は食べ終わった
というか、職業柄、この程度の量だと10分もかからない。
今回ビールが大ビンなので、

お愛想たのんます

え~と、焼肉スペシャル950円と生ビール600円ですね

おばちゃんおばちゃん、ちゃうちゃう。
瓶ビールや、700円や焼き肉スペシャルと瓶ビール、大ビンやで

かんにんな。
え~と・・・・・・・はい。

と言ってこれを私に渡した。

年代物のカシオの電卓だ。
年代物でもはあるが、ソーラー電池がなかなかシュールだ。
客が電卓で計算する会計システムだ。

おばちゃん、まず定食が950円な。で、瓶ビールが700円、たして・・・全部で1650円。1万円と650円つけるわ

え~と、おつりは・・・

おばちゃん、計算するで。計算機見ててや。

10650円引く1650円で、おつりが9000円や

はい、いち、に、さん・・・はち、きゅうせんえん

悪いやつだったら例のソバ屋の落語の
「おやじ、いま何時や」
を使うわけだな。

そこでもう一人客らしき男性が入店してきた。

すみません

スエードのジャケットで、とんがった靴を履いた
妙にシュっとした服装の男性が入ってきた。
この店に来るのは、全員
「おっさん、おばはん」か「おっちゃん、おばちゃん」
だが、この客はあえて”男性”だ。下手すると”紳士”だ。
映画キングスマンに出てくる英国紳士みたいだからだ。

母が忘れたスマホを取りにうかがいました

この店にはおおよそ似つかわしくない服装と
言葉遣いの男性。
しかも店の前にはDEFENDER110

出典元:ランドローバー公式サイト

おお、この男性とお母さん、この昭和の店で定食を食ったのか?
そんな姿全く想像できんような身なりだが。

店主が

携帯電話、この下のほうに落ちてましたんや。
お客さんが拾ってくれはったんですわ。

おやじにはスマホじゃなくて携帯なんだな

ありがとうございました。

おお、ここの客層だと
「おっちゃんおおきに」
だが、キングスマンは
「ありがとうございました」
だ。

おそらくこの人のお母さんは
若い頃、女手一つでこの人を育て上げた。
そして貧しい生活の中で、月に一度給料日に
息子を連れてここの餃子を食べに来てたんだ。

ママ、ここの餃子おいしいね

おいしいやろ?たくさん食べや

そして30年後、彼は起業して成功したが
月に一度、母を連れてこのお店の餃子を食べに来るんだろう。

この作品はフィクションです。
実在の人物や団体などとは一切関係がありません。

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ー終わりー